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のらねこの気まま暮らし

Perlについてとか、創作についてとか、発展途上の自分と向き合う記録。

第2話うp

まだ、頑張れる。

Another worlds 第2話


宿題合宿。その実態は、男女共同のうれしはずかしお泊まり会である。
バイクにしがみつくこと1時間。連れてこられたのは、金持ち。容姿端麗。黙っていれば美人。頭が残念。ていうかもう残念すぎて羨ましい、などの異名を欲しいままにする後輩、巻坂かえでの実家は実際に見ても圧巻だった。
豪邸、という程ではない。遠目に見れば立派な一軒家。しかして、彼女の両親は基本的に家に居ない。何処かへそろって出張中とは風の噂で、本人は頑なに真相を明らかにしない。
曰く、「黙っていたほうがミステリアス美人みたいじゃないですか」うん、もう黙れ。
そんな一人暮らしの巻坂の実家は、両親と暮らしているにしても広い。2階建てでリビングが12畳程あるだけではなく、開いている部屋が6つか7つあるという。
しかもその一部屋一部屋が8畳以上もあるというのだからこれまた驚き。どこのお嬢様だ。俺の部屋より広い。
件の勉強会も、その空き部屋の一つで行われている。空き部屋だというのに埃っぽさはなく、まるで誰かが使っていたかのように生活感がある。
いや、無いか。テーブルと本棚くらいしかないんだもの。読書部屋かよ。贅沢な。
そんな広い部屋のお陰で、嬉し恥ずかしオトメの秘密のお部屋拝見なんてことも無く、いや別に巻坂の部屋を見たところでトキメク要素なんざ欠片もないんだが、ただ黙々と勉強をするだけの集まりなわけだ。
それ以外は許さない。主に俺が。俺だけに宿題を押し付けるなんて理不尽は許さない。絶対にだ。
「ほんっと、理不尽ですよねー。夏休みの宿題って」
「まったくだ。なんで夏休みまで勉強しなきゃなんねぇんだって話」
「お前らのが理不尽だよ! 学生の本分は勉強だろ!!」
え、何いってんのこいつ、みたいな目で見られた俺。ああ、俺だってお前らさえ居なければ今頃海に行って……ッ
俺の目の前に植木、斜め前に巻坂が座っているわけだが、おかしな話だ。
この企画(笑)が持ち上がった当初はこの3人を含めた計7人が参加予定だった。
しかして、俺が拉致されてきてみれば、内二人は病欠、残り二人は宿題を終えてイチャイチャしているとのこと。こんなの絶対おかしいよ。
かくして俺は楽しくもなんともない合宿とやらを満喫しているわけだ。理不尽だ!
「植木先輩、やっぱり麻木先輩頭おかしいじゃないですか。熱にやられちゃってます?」やられてねぇよ。
「言うな巻坂。今はそっとしておいてやれ」
「おい植木どういう意味だそれ」
「そうですね。黙ってればきっと宿題もやってくれますよね」
「やらねぇよふざけんな!」
「ぎゃーすか騒がしいぞ馬鹿」
「が・・・ッ」
唐突に後頭部に走る衝撃が俺の額を机に叩きつける。
もう嫌だ、それくらいの泣き言は許されるだろう。ていうか、もう、本当に泣いてもいいよね。
「おお、先輩。待ってました!!」
巻坂の元気に弾む声が、逆に俺の気力を削ぐ。
なんでだ。こんな話は聞いていない。俺は、頭を上げる気力も無く、そのままごろり、と首を傾ける。
額がヒリヒリする。視界が霞んでいるのはきっと涙だ。俺は涙目になりながら、そいつを見上げる。
こいつの存在などこの企画()のどこにも無かったというのに、なんでてめぇが此処にいんだよ、という恨みを込めて、見上げる。
「なんだ、まだ宿題終わってねぇのか」
本日2度目の邂逅である、理不尽が形をもっていたらこんな姿をしているに違いない――深冬綺梨が、俺を見下ろしていた。


「なんでお前が……ここにいるんだ……」
「先輩先輩、その手に持っている袋はもしかしなくても差し入れですか!?」
おい巻坂人の話を遮るな。
「美月からの、な。アイスと夜食だそうだ」
お前も無視すんじゃねぇよ深冬。
「ひゃっほーい。植木先輩休憩しましょ休憩っ」
「そうだな。腹も減ってきたし、アイスは後でいいな? 俺が持ってく」
植木さえも俺の囁きを聞かなかったかのように立ち上がっておい、こっち見ろよ。
「植木……てめぇ……」
「おお、気が利きますね! 冷凍庫にお願いします」
「……ああ」
「…………」
この世は敵しかいないのか。
「どうした馬鹿。いくらアイスが嬉しいからって泣くなよ」
「泣いてねぇよ。もう好きにしろよちくしょう」
そして俺は崩れるように寝転がる。
なんかもう、どうでも良くなってきた。
受け入れたわけじゃない。けれど、もやもやとした不満が募ってきて、なんかもう、俺が何行っても無駄なのな、という諦めに達していた。
思えば、今日に限ったことじゃない。
さっきの植木の反応。
昔だったらちょっとしたことでも反応を返してくれたし、俺がくだらないことを行っても笑って一緒に馬鹿をしてくれていた。最近のあいつは、そんなことに興味を示さないし、一人でむっとしていることが多い。
つまらない奴になった、ということはできる。でも、俺の中では劣等感がふくれあがっていた。一人だけ大人になりやがって、という不満。
馬鹿をしているのは、言ってしまえば巻坂だってそうだ。
いや、そこで俺は気づいた。あいつ、言葉数は減っているものの、巻坂の馬鹿には付き合ってないか? もしかして、俺が適当にあしらわれている。いやむしろ相手にされていない。
ああ、マジ泣きたくなってきたわ。
俺を置いて大人になったあいつに対してもそうだが、相手にされないことに気づいて心底傷ついている俺の情けなさがもう、どうしようもないくらい悔しくて。
「……死にたい」
なにより、恥ずかしくて。
「こりゃ末期だな。巻坂、この近くに自殺の名所ってあったっけ?」
「なにちゃっかり聞いてるんだよてめぇええええええええ」
飛び起きた。思わず飛び起きて深冬の腕を掴んで立ち上がるくらいに、びっくりして、それ以上に恥ずかしくて、本当に思わず、力を込めてしまった。
え、うそ。こいつ腕細い。しかも柔らかい……いやまて落ち着け俺。なにこんな子供みたいな奴にドキドキしてんだよ発情期の犬か!?
しかし、俺のそんな熱暴走を起こしかけた思考を、一瞬に冷却するものがあった。ぞくり、と背後に忍び寄る気配が。
「麻木先輩」
人って、此処まで冷たい声を出せるんだ、と俺はどこか他人事のように思った。
「なんで深冬先輩の腕を掴んでいるんですか」
襟首を掴まれたと思った瞬間、俺は天井を見ていた。仰向けに寝転がって、俺の腹に膝をついた巻坂の顔が見える。
いや、できれば見たくなかった。それは昼間見た深冬の表情よりも、なお怖い。巻坂は哂っていた。
「私の、深冬先輩に、なんの断りもなく、あんな乱暴に掴みかかるなんて、いい度胸してますね……」
ああ、俺死んだ。絶対死んだ。
これが死神か。走馬灯のように走り抜ける風景がある。ていうか俺、録な人生じゃなかった……。次生まれるなら、もっとマシな人生を生きたい、そう思う。いや死にたくねえよ誰か助けて!!
「だれがお前の、だよ」
俺の救世主は、以外なところにいた。
「あいたっ」
スパン、と小気味よい音を立てて、巻坂の顔が吹っ飛ぶ。
「死にたいとか言い出す奴も言い出す奴だが、本気で殺しにかかるなよ」
え、もしかして俺マジ死線こえかけてたの?
「いやだって! 深冬先輩をあんな乱暴に扱うなんて、麻木先輩は命知らずです!」
そんなことされたら我慢できるわけないじゃないですかーという巻坂の言葉は聞かなかったことにする。いやもう、逃げ出したい。
「ああ、そういえば」
ぎゅむうううという音が聞こえそうなくらい巻坂に抱きつかれ、いやしがみつかれた深冬が、鬱陶しげに俺を見る。
ちゃりん、とポケットから何かを取り出して、俺にほうり投げた。
それは、明かりを反射して、キラリと輝く。
「何だ?」
反射的に受け取ったそれを、手のひらの上で見れば、それは何かの鍵だ。
「お前のチャリ、鍵かけておいてきたから。持ってくるの面倒だったし。適当に取りに行けば」
「………………」
チャリ。そう、それは昼間の事だ。俺はチャリをこいで、山に向かっていた。そう、山の向こうには、海があるから。で、その山の麓で深冬と遭って、殴られて、蹴られて、気づいたら此処にいて。チャリは置きっぱなし。
「はは、そういえばそうだった。すっかり忘れてた」
錆びた銀色をしたその鍵は、鈍く光を返しながら俺の手の中にある。
何処へでも行ける俺の足。でもそれは、この街の中だけで。
俺はチャリだ。誰かに乗ってもらって、漕いでもらわないと動けない。平坦な道しか歩けない、弱いタイヤしか持ってない。
だからちょっと背伸びをしてみたくて。自分を試したくて。
仲間に問いかけた時も、そうだった。俺のちょっとした背伸びだった。
絶望したわけじゃない。そうなんだって、気づいていたから。
いまだって、そう。
忘れてた。本当に、こんな気持は、忘れていた。思い出したのは、ちょっと悔しいなって気持ちだけ。
本当の、俺の心の奥にある想いは、いまのいままでしまわれたままだった。諦めていたから。
でも、手の中には鍵があって。
そいつはいつだって、俺の出発の合図で。
よし、と気合を入れてこいつをチャリに叩きこめば、それだけで前にすすめる気がして。
どんなに憂鬱でも、そう、一歩を踏み出せたんだ。
「麻木先輩? どうしたんですか、急に黙って――」
「――よしッ」
俺は立ち上がった。
「さんきゅうな、深冬」
それだけ言って、走りだした。
階段を降りようとしたところで、植木とはち合う。
「麻木? おい――」
「わりい植木」
その脇を通りぬけ、靴を持って、俺は走りだした。
なんだか気分が良かった。いままでずれていた何かがぴったりはまったような感触だった。俺は息を弾ませて、頬が緩むのを感じながら、走った。


「――おいッ」
扉を勢い良く開けて入ってきたのは、植木紘だった。
顔を青くして、真剣な顔つきが、只事ではないことを表している。
「麻木をどうした。何を言った!?」
答えたのは、深冬綺梨。淡々と。
「出てった。鍵を返したら、途端に」
「ふざけるな!」
が、と乱暴な手つきで、その胸ぐらを掴む。
かえでが反応仕掛けたが、綺梨の視線がそれを遮る。
「随分と慌ててんな。こうならないと思ってたわけじゃないだろ? だからお前は、他の連中を帰らせた」
綺梨の口元には、笑みすら浮かんでいる。それはまるで、焦り、憤る紘をあざ笑うかのように。
「兆しはあった。お前もそれに気づいていたんだろ? 巻坂の家を選んだこともそう、他の連中に嘘をついて、帰ってもらったのもそう。この事態はお前が望んだことだろ? だったら早く済ませたほうがお互いにとっていいだろ?」
「黙れ。お前なんかに何が分かる……」
「何をわかれってんだよ。馬鹿かお前。私はお前たちを狩る側の人間だ。ほら、さっさと追いかけろよ。鬼を待ってられるほど、お前に余裕があるのか? お前が言ったことだ。さっさと動けよ。雑魚」
「…………ッ」
綺梨の小さな体を床に叩きつけ、紘は立ち上がる。そのまま何も言わず、麻木一馬と同じように、階段をかけ降りた。
彼の声の代わりに、原付が走りだす音が夜の街に反響する。
「そう殺気立つな、かえで」
「悪ふざけが過ぎますよ、先輩。危うく、友達を蜂の巣にするところでした」
そう言って、巻坂かえでは右手を下ろす。その手には何もない。しかし、その寸前まで、その手には彼女の殺意が握られていた。
ため息をひとつ。
「思い出させないでください。あんな光景は、もう二度と見たくないんですから」
「だから関わるなって言ってるだろ。今回も前回も、お前のお友達相手だからまだマシだが、本業に入ったらお前もただじゃすまない」
「わかってます。でも、だからって放っておけません。それができるなら、こんな力なんてそもそも持たなかったです。それに」
ぎゅ、とその小さな体を抱きしめる。いとおしむように。その行為は、巻坂かえでができる、彼女への精一杯の親愛表現だ。
「そういう優しい先輩だから、私みたいなのでも側にいたくなるんです」
「恥ずかしいことを言うな」
「あいたっ」
エンジン音は遠く、走り去った余韻だけを残していった。